Storyストーリー

ストーリー

Meringue Dollメレンゲドール編

食べられるサンタクロースって、いつからあるのでしょう?
実は、1964年に当社で生まれました!
それは、こんないきさつから・・・。

創業者(副島正義)がサラリーマンをしていた昭和38年当時。人ごみに押されて、偶然入った洋菓子店の店員さんとの会話で・・・

店員さん 「ケーキの上に乗ってるから、ローソクの人形も 食べられると思って、お子さんが食べちゃったりするんです。」
創業者 「そうですか。食べられる人形はないんですか?」
店員さん 「マジパンがありますが、職人(パティシエ)がひとつずつ手作りなので、大変なんです。」

この会話がきっかけとなって、可愛くて、食べられて、大量生産でき、ケーキに乗っても安心な人形を作ろう。そして、「ケーキにファンタジーあふれる夢の世界を作り出し、子供たちを笑顔に」というメレンゲドールの発想が生まれました。

夢があって、可愛らしく、安全に食べられる人形「メレンゲドール」が誕生!

もともと、お菓子も作ったこともなく、なんの知識もありませんでしたが、「今までにない商品を作り出し、ケーキに夢の世界を!」という熱い想いを胸に脱サラし、商品開発を始めました。六畳一間で粉まみれになりながら、日々、試行錯誤を繰り返しましたが、思うようにできず失敗の連続でした。完成するまでに1年以上の時間を費やし、やっとメレンゲドールが生まれました。

商品ができあがり、みなさまに知っていただくにつれて、だんだん製造する数が増えてきました。全て手作りをしていましたが、生産が追いつかない状況になり、なんとか機械化できないか、と考えました。
ところが、世の中にない商品だったので、製造する機械もありませんでした。
資金がない中でまた試行錯誤しながら製造機械を作り上げました。と言っても機械で作れるのは、頭と胴体の本体部分だけです。目や口を書いたり、帽子を塗ったり、リボンや腕を絞るなどの装飾や、頭と胴体をくっつけるなどはすべて手作りです。

今これを読んでくださっている方は、一度はアートキャンディのメレンゲドールをご覧になったことがあると思います。

生み出した商品が誰もが知っている商品になったこと。
本当に有難く、うれしい事です。

「お客様に、笑顔と夢をお届けしたい」

という思いは半世紀を越えた今でも変わりません。「笑顔」のために心をこめて1つずつ手作りしています。

Plastic Chocolateプラチョコ編

「プラチョコ」を大量生産できないだろうか?

プラチョコはもともとパティシエの方が自分で作られていました。
ですが、作るのに大変手間がかかることがわかり、それなら当社で大量生産して販売できないか、と考えたのが始まりです。

とはいえ、もともとの作り方はあるものの、大量生産できるレシピや製造方法はわかりません。
これも試行錯誤しながら作りました。原材料を捏ねるのに大変な労力がかかり、時間もかかります。
最初は手で捏ねていましたが、あまりの重労働に機械でできないか試してみることにしました。

試行錯誤の末、ついにプラチョコの製造販売に成功!

ところが、あまりの固さにミキサーの羽根が折れる、というトラブルがおきました。ミキサー業者さんと何度も打合せし、折れない羽根のミキサーができました。
これで攪拌はできるようになりましたが、他にも課題はたくさんありました。

温度や湿度に非常に敏感で扱いが難しく、ひび割れてしまったりダマが出来てしまうので、ムラのないプラチョコにするためには、どうしたら良いのか日々研究を重ねました。
温度管理、配合、そして機械化のために業者と打合せを繰り返し、やっと機械化製造ラインができました。

そして、繊細な花の形や、動物の顔など普通のチョコレートではできないような形の商品ができました。
プラチョコの装飾はメレンゲドールで培った技術をいかし、1つずつ手作業でしています。また、なめらかで使いやすく加工しやすいことから、ブロックやシートでも販売しお客様に喜ばれています。

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